ねえマイディア 愛しい人






「はーんすーけくーん」

朝、長屋の「土井半助」の表札の前でその人物を呼ぶ。
がたごとと慌てて身支度をする音がしばらくして、ようやっと引き戸が開いた。
まだ寝ぼけ眼なのか目をこすりながら、半助が顔を出した。

「あ。さん、おはようございます」
「おはよ、半助君。実は昨日、八百屋の善さんに野菜貰ってさ。うちじゃ食べきれないから、
良かったら半助君もらって?」
「えっ、いいんですかこんなにも!」

半助の手に、腕にかかえていた籠ごと渡す。
寝起きにずっしりとした重量はきつかったか、おっと、と前かがみになった。

「いーのいーの。若い人はちゃーんと食べなきゃ駄目だよ。きり丸君だって育ち盛りでしょ?」
「若い人って…。さんと一つしか違わないじゃないですか」
「気にしないの!ところで…、きり丸君は?」
「あ、きり丸はもうバイトにでかけたと思うんですが…」
「せーんせー!」
「あ、あれ、きり丸君」

きり丸が赤ちゃんを背中に負ぶって、両手に犬の鎖を持って走ってきた。
と半助の横まで来るとぜえぜえと息をついた。

「きり丸君大丈夫?走ってきたの?」
「あっ、さん、おはよございます!あ〜、つっかれた〜。先生〜、すいません、この子預かっててくれませんか?」

きり丸が示したのは背中におぶった赤ちゃん。

「は!?お前またアルバイト引き受けすぎたのかあ!?」
「そーなんスよぉ〜。先生!頼みます!いっしょーのお願いっ!夕方まででいいんですよ〜〜」
「無理なアルバイトは引き受けるなってあれほど言ったろうが!」
「あーっ!やばい!早く行かなきゃまにあわねえ!じゃ、先生!この子お願いします!ちなみに
男の子ですから!さんもいるし全然大丈夫ですよねっ!じゃあ!!」
「ちょ、まて!!きり丸――――――!」

呼び止める間もなく、きり丸は走り去っていった。






「で、どうしようかねえ」

とりあえず、ぷにぷに柔らかい赤ちゃんのほっぺをいじってみる。
するとくすぐったそうに声を出して笑った。

「かーわーいーいー」

腕の中の暖かみに、は思わず頬をほころばせる。

さん、すいません巻き込んじゃって…」
「ううん、全然。あたし赤ちゃん好きだから平気だよ?」
「本当ですか?」
「うん!」

すると、赤ちゃんが泣き始めた。

「あ、あれ?どうしたんですか?」
「お腹すいてるんじゃないかな?よしよ〜し、泣かないでー?半助君、なんかないかな?」
「あ、はい。おかゆなら」
「あ、それでいっか。柔らかくして、暖めてくれない?」
「わかりました」

暫くして、半助が器にお粥をついで持ってきた。
はさじでそれを掬って、息を吹きかけてから赤ちゃんの口元にもっていく。
赤ちゃんは泣きやんで、ゆっくりお粥を食べ始めた。

「上手いもんですね…」
「きり丸君には劣るけどねー」

器の中のおかゆがなくなりかけた頃、赤ちゃんがうつらうつらし始めた。

「もういいの?じゃ、げっぷしてから寝よっかー」

ぽんぽんと、赤ちゃんの背中を叩いて、げっぷをさせる。
赤ちゃんはすぐに寝入ってしまった。

「布団、持って来ましょうか」
「んー、じゃーお願い」

半助は、腰を持ち上げて、布団の用意をはじめた。
は腕の中で眠る赤ちゃんを揺らしながら、その動きを見ていた。

あたしも、そろそろ結婚しなきゃなあ…。

親が集めてくる見合い話も、気が向かないからと言って蹴飛ばして、のんべんだらりと暮らしてきた。
そんな生活が五年近く続いて、もう齢二十六である。
いくら気が向かないといっても、行き遅れもいいとこだ。
かといって、気の無い男と籍を入れるのは嫌だし、相手にだって失礼だ。


さん、どうかしたんですか?」

はっと気付くと、半助が顔を覗き込んでいた。
囲炉裏の傍に、敷布団と毛布が出されていた。
草履を履いたまま、膝で上がりこんでそこに赤ちゃんを寝かせた。
赤ちゃんは白い布団の中で安らかな寝息を立てている。

「ほーんと、赤ちゃんって可愛いよねー」

眠っているので手が出せず、近くで顔をほころばせて眺めていると、

さん、さっき、何か考えてたんですか?」
「ん?何だと思う?」

はふふん、と笑って答えない。

「や、やっぱりきり丸のバイトに無理矢理付き合わせちゃったことですか!?
この事は本当にすいませんでした!も、もしかして他に用事があったのに、
無理に付き合ってくれてたりしたんですか!?だったら、だったら〜〜…!」

半助のその過剰なまでに申し訳なさそうな態度に、はついつい笑みを漏らす。

「ちーがーう。結婚の事」
「結婚・・・・・・?」
「そ、けっ・こ・ん」

は反復して言うと、さっきまで考えていた事を半助に言う。

「あたし、もう二十六じゃない?いい加減にどこかに嫁がないと、貰ってくれるとこが
なくなっちゃうじゃない。あ、もう無いかもしれないねえ、あはは…って、あ、もう帰らなきゃ」

すぐに帰る、と母親に言っていた事を思い出して、土間の方へまた膝で帰っていく。
野菜を入れていた籠を持って帰ろうとすると、後ろから声がかかった。

「それは、望まない男とでも?」

「ん〜。この歳になったらそれも仕方ない事だから」

半助の声に、振り向かないまま応えた。
は、戸を開けて真南まで上がった太陽の光に目を細める。

「私は?」
「へ?」

太陽が眩しすぎたためか、振り向いても室内は真っ暗で、半助のシルエットしか見えない。

「私となら、それは、望まない結婚になりますか?」
「それ、どういう…」
さんが好きです」

突然の事に、の頭の回転はすっかり止まってしまった。
再起する頃には、の顔は真っ赤に火照っていた。

「よければ、結婚、してもらえませんか………」

目が慣れてきた。
半助の顔もと同じく、真っ赤になっていた。

望んでいないどころか。
この数年間、本当に好きだったのは半助だった。
はじめて見た日から、きっと、ずっとずっと……。

「あたし年上だよ?」
「知ってます」
「しかもおてんばだし…」
「そこが好きです」
「あたしで、いいの?」
さんが、いいです」

は嬉しさに涙をこぼした。

























夕方になって、きり丸が帰ってきた。

「先生、ただいま〜」
「お帰り、きり丸君」
さん!」
「バイトお疲れ。赤ちゃん、今寝ちゃってるんだけど…」
の腕の中には赤ちゃん、横には半助が寄り添っていた。
一度起きて、がもう一度寝かしつけた所にきり丸が帰ってきたのだ。
「……なんか、先生とさん…そうやってっと、ホントに夫婦みたいですね」
「え!?」
「先生?なんでそんなに赤くなってるんですか?」
「いや、きり丸、実はな…」











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