次の日。
と三郎は学園に帰ってきた。
教師陣は散々に心配しており、出かけた翌朝になって戻ってきた二人に
怒鳴りつけようとしたが、大木の口から説明がなされ、一様に驚き、
それまで心内で気にかけていたの心の傷が行方に、安堵を感じた。
五年ろ組をはじめとする生徒たちは、「朝帰りだ」と冷やかしたが、
妙に晴れやかな二人の様子に、皆何か感じたのだろう、すぐに騒ぎは収まった。

その一週間後の話である。







THE DAYS25-日々









「あー、涼しくなってきたねえー」

正門の屋根の瓦の上に、文次郎と小平太は座っていた。
一面晴れ渡った秋空の下、一陣の風が二人の髪をなで上げる。

「真夏はご遠慮したいけど!こんくらいの季節ならいいもんだねー」
「だな」
「…それにしてもさあ、は鉢屋でホントによかったのかなあ」
「アァー?」
「だあってさ!」

小平太は頬を紅潮させて、喋りだした。

「だってー、同じ顔なら不破の方が断然優しいし?
体術だって忍術だって、俺らのほうが強いだろうし?
包容力なら、何ていうかぁ、俺のほうが上、みたいな!?」
「バカヤロ、なーに言ってんだ。それなら付き合い長い俺のほうがなー!」

「阿呆、つきあいなら私のほうが長い」

「「仙蔵!!」」

知らないうちに、二人のいる真下には黒髪を風になびかせた仙蔵が立っていた。

「一年の頃、私はよくの遊び相手になりに杭瀬村まで行っていたがな。
お前は『ガキの相手なんて面倒臭え』とかいって行かなかった」
「あー?仕方ねえだろ。あんないい女になるとは思ってなかったんだから」
「仙ちゃん、ひょっとしてその頃から狙ってた?光源氏みたーい!」
「おお、お前の知識の中にも源氏物語があるなんて知らなかった」
「仙ちゃん!俺のこと馬鹿にしてる!?」

小平太が子犬のようにキャンキャン喚きだしたとき、
カランカランと、下駄が鳴る音が聞こえた。
そちらに顔を向けた途端、小平太の顔がいっぺんに輝きだした。

!!」

小平太は満面の笑みでブンブンとそちらに向かって手を振るが、
仙蔵と文次郎は、目を丸くした。
が着ていたのは、いつもの軽装ではなく、
鮮やかな藤色の、少し大人びた女らしい小袖に、淡い鶯色の打掛を羽織っていたのだ。
は照れくさそうに、へへ、と笑ってみせる。

「シナ先生に見立ててもらったの、どう?」

すると、やっとがいつもと違う事に気付いた小平太が頬を赤らめて騒ぎ出した。

「どうしたの、!!超綺麗!かわいい〜!!」

腕をぶんぶん振りながら誉めまくる小平太に、照れ笑いを浮かべながら
は「ありがとう」と言った。

「いきなりどうしたんだよ、そのカッコ…」

文次郎も口を出す。

「ん?ちょっとね」

は打掛の裾を直して、またはにかんだ。
そのとき、砂利を踏みしめる音がした。
ははっと振り返ると、そちらに向けて満面の笑みを浮かべた。

「三郎!」

が手をふってこれを迎える。
三郎もそれに応えて、ヒラヒラと手を振りかえした。

「なーにー?二人してお出かけなワケ?」

ニシシ、と冷やかすのは小平太である。
三郎は「ええ、そうですよ?」とサラリとかわす。
つまらん、と眉間に皺を寄せるのは文次郎。
仙蔵は意味ありげな微笑を浮かべていた。
すると、は、促すように三郎の袖を引っ張った。
三郎もそれに気付いて、の方に立ち直った。

「花は?」
「杭瀬村で貰う事になってる」
「了解。じゃ、行くか」
「うん」

そう言うと、が先となり、二人は門の外に出た。
すると、三郎が敷居を跨ごうとしたときに、後ろから仙蔵が声を掛けた。

「今度は気をつけるんだな。捨てられないように!」

三郎は振り返る。
その先には、いつか見た妖艶なまでに美しい仙蔵の笑顔があった。
視線がぶつかり合う。
しかし、三郎はもう逸らさない。
にっと極上の笑顔を向けて、仙蔵に向かって応える。

「もう大丈夫ッスよ。雷蔵みたいに優しくなくても、先輩たちより付き合い短くても、
俺らの間には『愛』があるんですからね」
「…ありゃ、鉢屋いつから聞いてた?」

小平太の間抜けな声と、仙蔵の一瞬面食らったような顔と、文次郎の豪快な笑い声の間に、
「三郎―!」とが自分を呼ぶ声を聞いた。
三郎はそれじゃ、と手を振って、の声がする方へと駆けて行った。
そして後には、三人が残される。

「…で、どうよ?可愛い妹分とられた気分は」

文次郎である。

「そうだな…」

小平太と文次郎の二人は、そう言って顔を上げた仙蔵の表情に驚いた。

「ま、任せてもいいんじゃないのか?」
「……だな」
「うん」

そして、学園に一陣の風が吹く。

































































ザァッと、風が夏草を駆け抜ける音が響く。
一面に広がる鮮やかな緑の世界に、二人は踏み入った。
膝丈ほどまでに伸びた草をかきわけながら、が先になって前へと進んだ。
手には花束を二つ持ち、慣れない格好に手間取りながらも、前に進んだ。

「雅之助の話だと、この辺のはずなんだけど…」
「足下気をつけろよ。木材が転がってるから」
「わかってるよー…って、わっ!」

三郎がそう声を掛けた瞬間、は躓いて地面に膝をついた。

「言った傍からお前は…」
「あはは、ごめんごめん…って、あ」

が蹴躓いた木材の横に、石が二つ。
その横には竹筒が地面に突き刺され、昔供えられたのであろう花は枯れていた。

「……あった」

は石の周りをぐるりと見渡す。
見覚えのある茶碗が二つ三つ土に埋もれ、それを囲むようにして並ぶ
垣根の跡や、燃えて朽ち果てた家の間取りは、かつて暮らした我が家だった。
三郎に手を取って助け起こされ、はぽつりと呟いた。

「すごいね」
「ああ」
「八年だもんね」
「…だな」
「………ひさしぶり、兄上…」

何ともいえない面持ちのまま、は石の前にしゃがみ込んだ。
三郎もそれにならい、その横に腰を下ろす。
は持ってきた花束を一輪ずつ、丁寧に竹筒に挿し入れる。
目に付いた蝦夷菊を、三郎も手にとって挿し入れた。
最後にが紫苑をそっといれ、二人は静かに手を合わせた。
心地よい沈黙の合間に、風が夏草を撫でる音が響き、夏草が互いにじゃれ合う声が届く。
ゆっくりと目蓋を開き、横を盗み見ると、はまだ目をつぶっていた。
じっと、その横顔を眺めていると、ゆっくりとも目蓋を開けた。
視線は兄と母の墓に向けたまま、はゆっくりと言葉を紡ぎだした。

「ね、三郎」
「……ん?」
「私ね、やっぱり母さんの事は許せないと思うの」
「……うん」
「でもね、もし母さんがいなくて、私が生まれてなかったら、 三郎に出会うことはなかったんだよね」
「……だな」
「だから…私の過去、今、全部受け入れることはできないだろうけどね、
でも、考え方変えたりしたら、少しずつ少しずつ、飲み込んでいけると思う」
「…
「ん?」
「一人で消化しようとすんなよ。ダメそうなときはさ、言えばいいから。
俺が半分くらい手伝ってやるから。じゃねえとさ、消化不良起こすぞ?」
「………ぷっ」
「何笑ってんだよ…」
「ふふふ、何でもないよ。…かっこいーこと言われて照れてんの!」
「な…」
「さっ!帰ろう!」

は勢いよく立ち上がり、もと来た道を駆け出していった。

「おい、ちょっと待てよ!」

三郎も慌てて腰をあげ、その後を追った。
は笑いながら夏草の間を駆け抜け、三郎は全速力でその背中を追いかけた。
すぐに距離は縮まった、が、あと一歩という所で突然が身を翻した。

「ね、三郎!」
「え?」

ぶつかりそうになって、ぎりぎりで踏みとどまった三郎の胸に、
はドンと拳を置いて、にっと笑った。

「三郎もダメそうなときは言ってよ?私ばっかり頼っちゃ不公平でしょ!」

日の光に透けて、美しく輝く瞳には、一点の曇りもなかった。
ね?と首を傾けて、目の前に存在する幸福に、三郎は心の底から満たされていくのを感じた。

「………ああ」

三郎は胸に置かれたの手を取り、ぎゅっと強く握った。
それに応えるように、も優しくその手を握り返した。
は下から三郎の顔を覗き込み、三郎もそれに笑顔で応える。
繋いだ手を間に、三郎が先になって、一歩進んだ。

「なあ、
「何?」
「俺、今度、実家帰ってみようかな」






そしてふたりは歩き出す。

鮮やかな夏草と、爽やかな秋の風に見送られて。















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