二重鬼ごっこ
「だから利吉さんのこと好き！」
と、さん。
「ありがとう」
と、これは私。
さんは、にこっと、それはそれは可愛らしい笑顔を向けてくれる。
私の実家の近くの町に住み、今年二十歳を迎える。
五つも年下だが、もう「ちゃん」という年齢ではないので「さん」と呼んでいる。
桜餅を知り合いに分けて頂いたので、さんにもおわけした。
甘いものに目がない彼女は目を輝かせてそういった。
薄桃色に塩漬けの桜の葉を巻いた菓子を手に乗せて、ひとしきり愛でたあと、
嬉しげにそれを口に運ぶ姿は、やはり二十歳という年齢よりもずっと幼く見えた。
「桜餅、好きなのかい？」
私は軒端に腰掛ける彼女の前に腰を下ろしてそう聞いた。
指に残った葉の塩味をぺろりと舐めとって、さんはまた破顔した。
「ええ、大好きです！」
とても率直で素直な感想。
じゃあ良かった､と私もまた微笑み返す。
「利吉さん、今度はいつまでいるんですか？」
「そうだなぁ、来週末には発つつもりだよ」
「えー、もう今週が終わっちゃうじゃないですか。あっという間ですよ！」
頬を膨らませて拗ねたようにしてみせる。
「そんなこと言っても来週は来るんだからしかたないよ」
まるで子供に諭すかのように言って見せると、
子ども扱い反対！と両手を振り上げ、さんは大笑いした。
「利吉さんが仕事に行っちゃったら、一体誰が桜餅くれるって言うんですか！」
よよ、と泣き崩れる真似。
「こら、そんなことを私に頼るんじゃない！」
そう言って、二人でまた大笑いした。
すると、さんが口火を切った。
「そう、利吉さん結婚しないの？」
「結婚？」
「いい加減相手ぐらい見つけとかないと、行き遅れるわよ！？」
「行き遅れるって…そんなこと言ってもねえ…」
来た。
ついにまたやってきた攻防戦。
さんは白い腕で膝に頬杖をついて唇を尖らせた。
「利吉さん、どんな女性が好きなの？」
からかうように、ひねくれた笑いを浮かべてみせる。
かと思ったら､私が考えるように首を捻ると、一転キラキラと純粋な目に変わる。
彼女への返答に対し､最もふさわしい言葉はなんだろう。
「でもさんみたいに意地の悪い方は勘弁だなぁ」
さんは、また笑い声を上げた。
「ほっといて下さいよ！でも、わたしだって魅力あるんですよ？」
胸に手を当てて、誇らしげに私を見下ろす。
「はいはい、わかってるよ」
ないがしろにしても、さんは「まあ聞きなさい」と言葉を続ける。
艶のある髪、細い二の腕、長い睫…、さんが上げていくものは、
間違いなく、確かに私が強く惹かれている個所で、思わず胸が竦む。
しかしそれを肯定すれば、この勝負、私の負けである。
彼女は、全部知ってる上で、こんな勝負を打って出てるのだから。
私は頬が染まっていやしないかとびくびくしながら、聞き流す振りを続けた。
「利吉さん､聞いてますー！？」
「うん、ちゃんと聞いてるよー？」
「へー。じゃ、わたしが言った事全部繰り返してくださーい」
「はいはい、また今度ね」
わたしは、笑顔でかわしながら重い腰をあげた。
「えー、利吉さん帰るんですか？」
「うん、またね」
わたしは、彼女の目が残念そうに翳るのを見逃さなかった。
わたしがこの勝負、受けてたったのは、さん同様、自信があったからだ。
それは決して、私が勝つという自信ではない。
さんがわたしに好意を持っているという自信だ。
「それじゃ、そのうちまた顔を出すから」
ニコリ。
笑顔と台詞の裏に、含みを持たせて。
さんは、きっとそれに勘付く。
けれど、さんはけっしてそれに応えようとはしない。
「ええ、じゃあ気をつけて」
ニコリ。
彼女もまた、笑顔と台詞に含みを持たせる。
（素直に、一緒に居たいといってみなよ）
（残念、そう簡単には言いません）
私たちは手を振って、今日もまた別れを告げた。
お互いがお互いの心のうちを読み取って、お互いがお互いを支配しようとする。
（好きといえば、応えてあげるのに）
（好きといえば、応えてあげるのに）
いつまでたっても終わらないカケヒキは、常にこの感情の上に成り立つ。
（好きと言って欲しい）
心のうちを探って探って、この手あの手を使って続く。
互いに警戒しながら、しかし追い続けるそれは、
まるで、二重の鬼ごっこ。
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何の因果があってか利吉さんです。
しかもこんなわけわかんない話ですが…ホワイトデーも大幅に過ぎましたが…
おくらせていただきますっ！気持ちも添えておきますのでっ！LOVEです！
それでわ、これからもよろしくおねがいします！
御調。
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