ごり、と箸を奥歯で噛んだ。




昼時






「不機嫌だね」

伊作が苦笑する。

「不機嫌よ」

くっきりと歯形がついた割り箸で、里芋の煮物を摘む。
無意識であった。
もちろん、里芋を摘んだ事がじゃない、箸を噛んだ事だ。
食事のときは、手と口は忙しくても頭は暇なものだ。
黙々と皿から口への運搬作業を進めているうちに、段々イライラが湧き上がってきたのだ。
そして、あの不快な音と歯ごたえである。

「一生の不覚よ」

魚の真中に箸を入れ、頭の下から尻尾まで、横に真っ直ぐ引く。
ギギッ、と骨に引っかかる音がした。
身をほぐすだけほぐし、頭を持って裏返し、同じ作業を繰り返す。

、そういう食べ方はどうかと思うよ」
「人生の汚点だわ」

伊作の話なんぞまるで聞いちゃいない。
眉間に皺を寄せ、綺麗に身がそがれた魚の骨を皿の端に寄せ、
あらためて箸をすすめはじめた。

「私どうかしてんだ、きっと」
「そういう結論なわけ」

ズズ、と味噌汁を吸ったのは伊作である。
それに続いて、私も汁椀に唇を寄せた。
音を立てて吸い上げて、椀を置いて、次に御飯茶碗に持ちかえる。

「だって、どう考えても私とアイツが恋仲なんてありえないもの」

炊き立ての白い御飯を一口頬張る。

「相手がいなくて、ちょっと仲良かったからって勘違いしてたの、お互い」

米は噛めば噛むほど味が出る。
だけど、そう何十会も噛んでいられるほど気が長くない。

「アイツに私なんて勿体無いわ」

きっぱりと断言。
冷たい緑茶を、喉を鳴らしてのみほした。
少し力を込めて湯飲みを机に置く。
いつもより少し低い音が立った。
お浸しに醤油を絡ませるようにまぜていた伊作が口を開く。

「『友達以上』で好きじゃなかったの?」

は箸を持ちなおしながら首をかしげる。

「ま、嫌いじゃないの。好きなんだけどー…」
「うんうん」

伊作が醤油差しに手を伸ばす。

「あのね、そういうのじゃなかったの。付き合うとか。
もともと私、そういうの性に合わない人間だったし」

黒茶の液体が、一本の柱になって鮮やかな緑のお浸しに注がれる。

「かけすぎたでしょ」
「うん…」

伊作は溜息を一つつき、醤油差しを元の位置に戻した。
皿の箸にホウレンソウを箸で押さえ、醤油を搾り出し、空いた皿にかけ過ぎた分を移す。

「これって不運の一つになる?」
「…ならないと思うよ」
「そっか」

最後の一つの里芋を二つに割り、まず半分を口に入れた。
この舌触りが堪らない。

「付き合うべきじゃなかったのよ。友達でいるべきだった。
そのスタンスだったから、私たち相性バツグンだったのよ」
「ふーん…」

間に御飯を一口。
それからもう半分の里芋。
伊作はしょっぱくなったホウレンソウのお浸しを、御飯と一緒に食べることで乗り越えていた。

「で、今はどうなの?」

やっぱり少ししょっぱかったのか、伊作はお茶を注ぎ足した。

「普通。向こうも同じこと思ってたみたいでさ。
じゃあ元の関係に戻ろうってことで落ち着いてるよ」

御飯粒をかき集めて、まとめて口に入れた。
茶碗を置いて、伊作がついでに入れてくれたお茶を一口飲んで、手を合わせた。
伊作も少し遅れて、同じように手を合わせる。

「人生の汚点とか言い出したときにはどうしようかと思ったけど、
その割には穏やかで安心したよ」

皿が全て空になったので、二人とも盆を持って席を立った。

「付き合ってたことについては、二人ともそう思ってるの。
おばちゃん、ごちそうさまー!」
「ごちそうさまでした」

返却口に食器をおくと、食堂の敷居を跨いで、廊下に出た。

「自分にとって相手がどういう存在か見極められなかったんだから」
「へえ…」

なんだか感心したような表情をされた。

「…なんて言うとカッコいいけど。
やっぱアイツに私は勿体無かったの!」

大きく縦に伸び。
ついでに横に倒れて、伊作の頭も叩いておいた。
いて、と言ったけど、私は「あはは」と笑って軽く流す。
伊作もそれ以上は何も言わない。

「やっぱ、友達でいるのが心地いいわぁ」
「ふぅん」
「気のない返事だこと。ちなみに、伊作の位置付けはお母さんだからね」
「え!お母さん?」
「うん、お母さん。だって、こんな風に愚痴聞いてくれるの伊作だけだもん」
「よく言われるよ…」
「皆公認ね!まぁそういうわけでヨロシク、お母さん!」

ポンと肩をたたき、次の授業に出るため、そこで別れた。

あー、今日の里芋はおいしかった。




















楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル