初夏のくせに、その年一番の真夏日の事でした。



食堂にて。

「今川と」
「坂本の」
「「第二回、どきどき☆お悩み相談室ー!」」
「さて、今日のお悩みはなんでしょう?」
「はぁい、鉢屋三郎君、十四歳からのお便りでぇーす。
僕は先日、愛しいカノジョに思いを打ち明けました。そしてめでたく付き合うことに
なったのですが、付き合うということはどういうことなのかよくわかりません。
どうしたらいいのでしょうか?」
「これまた重症だなぁ、は・ち・や?」

お悩み相談室員の今川と坂本、そして傍観者雷蔵の視線の先には、机に突っ伏した鉢屋三郎。
唸っている辺り、なかなかの重症である。

「で、鉢屋ー、をまだ抱いていないってのは本当なのかー」
「それどころか口も吸ってないってのは本当ですかー」
「例の用具室のときの勢いはどこへ行ったのさ…」

その級友たちの言葉に三郎は乾いた笑いを漏らした。

ちなみに前件の四年生、翌日から二週間ほど、常に何処かから狙われているような錯覚に陥っていたらしい。
三郎がその四年生を見かける度に凄まじい殺気を放ち、暇があればそいつの周りに
適当に怪我をする程度の罠を仕掛けまくっていたので、それは錯覚とも言えないのだが。

「愛っていうのはな…、強く切ないものなのさ…」
「うわっ、三郎がなんか悟っちゃってる」

蝉の鳴く声はシャワシャワと鳴り止まない。
三郎は窓の外を交わりながら飛んでいく、季節に乗り遅れた二匹の紋白蝶を遠い目で眺めていた。







同じ頃、図書室で。

さん!」
「ユキちゃん、ともみちゃん、おしげちゃん」

カウンターで新書の整理をしていると、くのいちの三人が飛び込んできた。
そしての周りを取り囲み、次々に質問で攻めはじめた。

「鉢屋三郎先輩と付き合ってるって本当ですか!?」
「デートとかしたんでちゅかー!?」
「何で付き合うことになったんですか!?」
「告白はどっちからですか?」
「いつから付き合ってるんですか!?」

興味しんしんに、ずずいと詰め寄ってくる女の子たちに、は苦笑しながら身をひいた。

「え、え〜と、ツキアッテルのは、一ヶ月くらい前から…」
「本当に付き合ってるんですね!?」

の言葉を先ほどの問いの肯定と見なし、三人は目を輝かせた。
「で!どこまで進んでるんですか!?」

ぐらりとの体が揺れたかと思うと、そのまま床にぶっ倒れた。

「あ!さんっ、どうしたんですかー!?」

ぴくぴくと痙攣を起こしながら腕をついてなんとか起き上がる。
女の子って、どうしてこう詮索したがるんだろ…?
このまま適当にあしらって、さっさと帰ってしまおうかと思ったが、ユキやともみやおしげのこの
きらきらと、一種獲物を見つけたかのような目からは逃れられまい、と悟った。
盛大な溜息をついてから、面倒臭そうには答える。

「どこもナニも、ふつーに話したりするだけダケド?」
「えええええええええええええええええ!!!!!!!」

高音大絶叫に、は思わず眩暈を起こした。

「そんな!あの鉢屋先輩がまだやってないなんてぇ!」
「絶対もう手を出しちゃってると思ったのに・・・!」
「信じられないでちゅよー!」
「わかったわ!きっとムードを狙ってるのよ!夕焼けが燃える川べりでお互いの唇が近づきあう!」
「きっとそうね!きゃー!さっすが先輩ー!」

くのいちたちのテンションの高さに着いて行けず、はカウンターに突っ伏して黄昏ていた。

ああ、今日の晩御飯はなんだっけ…。
確かこへが異様なほどに喜んでいたような…。肉?すき焼きかなぁ、ははは。
じゃあ、あとで食堂に行ってネギ切らなきゃ…。白菜は今日いれるのかな。
なんかあっちはあっちで話がエスカレートしてるし。こらこら、そんな淫猥な言葉を
叫び散らすんじゃない。
彼女たちはあんなに大騒ぎして熱く無いのかな…。
あ、ちょうちょだ…。あー、綺麗綺麗。

ふと顔を上げると、能勢久作がカウンター脇に立っていた。

「久作君、ウィッス」
「どうも…。さん、あの騒ぎ何なんですか…」

と、くのいち達の騒ぎをゆび指して言った。

「さあ…?あ、じゃあ委員会頑張ってね」
「え!まさかあれを置いて…」
「だって私が静める義務は無いじゃーんvこれも人生の一頁だよ少年。頑張りたまえ。
 じゃっ、ばいばーい!」
「でぇぇっ!さーん!!」

久作の悲痛な叫び声と、くのいちたちの喚声を後に、は図書室の戸を閉めた。






蝉の声はまだまだ鳴り止まない。








「さーぶろー」
「おわっ」
が目の前に上から顔を出した。
三郎がびっくりしている間に、は足をかけていた木から鮮やかに飛び降りた。

「変装名人さん、お顔が素に戻ってますよー?」

顔は「不破雷蔵」のままだが、表情が「鉢屋三郎」に戻っていたらしい。

「三郎さあ、なんでいっつも無表情決め込むわけ?」
「悪かったな、無愛想で」
「あはは〜、そんなつもりで言ったわけじゃいよ、拗ねない拗ねない!」

天才忍たまと称される鉢屋三郎は、滅多な事で驚いたり感情を乱したりしない。
そうならないように努めている。
なのに、といると何故だかそういったことが頭から抜け落ちてしまうのだ。

「今さ、冷たい麦茶あるんだけど。良かったら飲まない?」

の指し示す方を見ると、縁台にニ人分の麦茶の用意がされていた。

「じゃあ、頂くと致しますか」
「はあい、素直でよろしい!じゃ、座って座って」
「はいはい」

三郎は、の指し示す縁台に腰をかけた。
は露が全面に滴るやかんから、湯呑の一つにお茶を注いでいった。
八分目まで注いでから、どうぞ、と三郎の前に出した。
それを受け取って、一口、冷たいお茶を飲んで、はーと息をつく。
ふ、と思い出した。

「今日、今川達にちょっと言われた…」
「何を?」

が湯呑を片手に、にこにこしたまま聞き返す。

「まだお前を抱いてないのかって」

ゴトン。
の手にあった湯呑がごろごろと音を立てて床を転がっていた。

「突然だねえ、それは…」

驚愕した、と湯呑を拾い上げて、かけてないか確かめる。

「すまん、不愉快だったか?」

いやいや、と手のひらを振って否定される。

「私もユキちゃん達に聞かれた」

二つ目の湯呑にお茶を注ぎながらが言った。

「三郎はさ、私とさっさとヤッちゃいたいわけ?」

「三郎は犬好き?」程度で聞かれて、三郎のほうがわたわたする。

「おま…、そんないきなり聞くか…?」
「はいはい、そんなこと気にする間柄でも無いんでしょうが。答えは二つ、はいかいいえか!
男ならちゃっちゃか答えちゃえばいいでしょうに」
のサバサバしたところは好きだが、ここまでオープンになられると、多少戸惑う。

「……は?」

「抱きたい」、と正直な所思っていたが、実際に口に出してにどう言われるか不安だった。
よって、矛先をぐるりとに戻す。
すると、は極普通に、

「したくないことはないけど、」

一口麦茶を口に含んで、喉を潤して。

「その前に三郎の素顔が見てみたいかも」

にこ、と微笑む。
思わず、胸が鳴った。
何故か、とても安心できる気がする。
三郎は思った。
こいつになら、見せてもいいかもしれない。

「あ、駄目だったらいいんだけどね?」

それを肩越しに聞きながら、立ち上がった。

「?三郎?」

すぐ側の井戸からガラガラ音を立てて水をくみ上げて、それを手に掬って、勢い良く顔を洗った。
残った水は庭の木に撒く。
は疑問符を飛ばしながら三郎の一挙一動を見ていた。
手拭でわしわしと顔を拭きながら、縁台の方へ戻る。
座りなおして、そしてゆっくりと、三郎は顔を上げた。
あ、とが息を呑む。
次の瞬間には、は三郎の腕の中に収まっていた。
は突然の事に驚いたのか、身を竦ませた。
シャワシャワと蝉の鳴く声が大きくなる。

「…………………顔、見えないんデスケド…」
「…まーたいくらでも見せてやるから」

もうちょい。
ぎゅ、と腕に力を込める。

「……………」

つれて、の肩の余計な力も抜けていった。




そういえば。
したくないことはないってことは、してもいいことなんだろうか。
と、考えて、こんな時にそんなヒワイなことは考えるべきじゃないよな、と思い直して
腕の中の人の温みを存分に堪能した。


「…にしても、あっつい………」



彼らの抱擁記念日は蝉時雨とともに過ぎていった。













茜日← →相違





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