THE DAYS8-茜日











薄暗い夕陽が差し込む用具室。
はその中の冷たい壁に押し付けられていた。
「いい加減にしてってば!」
力を振り絞って抵抗しても中々自分を離そうとしない。
が好きなんだよ…」
前原はの手首をその頭の横で押さえつけ、口付けようとする。
しかしは顔を背けて
「だっ、か…ら!ふざけるなっ!!」
踵で相手の足の甲を思い切り踏みつける。
は腕に込められた力が弱くなった一瞬の間を見逃さなかった。
素早く前原の腕を振り解き、拳を相手の鳩尾に突きこんだ。
「うっ…!」
手首から相手の手が離れ、は前原を押しのけ用具室の扉へ走った。
急いで内側からかけられた錠を回す。
がちゃがちゃと鍵を外そうとするの後ろに気配が立った。
「無駄だよ…」
呟きの終わらぬうちに床に押し倒された。
したたか頭を打った。
は同い年の男に比べての自分の無力さを痛感した。
口惜しい。口惜しい。口惜しい。
こんなことになるなんて思っても無かった。
多少なりともこの同い年の忍たまの事は知っていたから余計に
裏切られた気分だった。
そして、見たこと無い、男の素顔には恐怖を覚えた。
悔しくて悲しくて怖くて思うように力が入らなくなってきた。
前原の手が小袖にかかって、は思わず強く目を瞑った。
しかしそれ以上相手の手は動かなかった。
そっと目を開けるとそこには

「三郎…!」

三郎は一つ歳下の少年の腕を捻り、首に後ろから苦無をつきつけていた。
前原は首筋に触れる金属の冷たさにひくつき、泣きかけている。
「去れ…。今ここで地獄を見たくなかったらな」
静かだがその中の冷徹な響きが用具室に寒気を漂わせた。
その眼差しにも背筋をぞくりとさせる。
前原は小さな掠り声で返事をした。
三郎が苦無と腕を離すと、転びかけながら用具室の外へと走り去っていった。





「………ほら」
座り込んだままのの前に手を差し出す。
「あ、ありがとう…」
その手を取ったを引き起こした。
無事であったとわかった途端に、腹が立ってきた。
「だから行くなって言っただろうが!」
突然の怒声には体を竦ませた。
「だっ、だって、断るんでもちゃんと言わないとと思って!」
変なところで律儀な少女に、三郎は頭が痛くなった。
「お前、男にこんな場所に呼び出されて何もせずに済むとでも思ってたのか!?」
「だって、知ってる奴だったから…」
「知ってる奴だったら閨の中でもついていくつもりか、お前は!」
かっとなったは三郎に怒鳴り返した。
「っなわけないよ!そんなとこ誰がついてくって言うのさ!」
「お前だお前!大体お前には危機感というものがないのか!?」
「いきなり顔見知りに押し倒されるなんて考えてもみなかったんだって!」
「それが甘いんだよ、ひょいひょい付いてきたら、男なら誰だって襲うわ!!」
「じゃあ三郎も私の事襲うわけ!?」
「惚れた女を無理矢理犯す奴がどこにいるんだよ!」
吐き捨てるような叫びの残響を残して、用具室は静まり返った。


「……え、それ…って…」

…言っちまった。

「お前が好きなんだよ」
やけになって、ぶっきらぼうに突っ返す。
愛の告白ってのはこんなもんじゃないだろう!
自分の馬鹿加減に三郎は歯噛みした。
数秒の沈黙のあとに、の顔が真っ赤になった。
開け放たれたドアから差し込む夕陽の赤がも助長してか、余計に赤く見える。
「お前は、俺の事……どう思ってる?」
答えだけは聞いておきたかった。
結果は何であれ。
長く感じたが、それはほんの数秒だったかもしれない。
は答えた。
「ごめん、わかんない」
わからない?
「わからない?」
考えるより先に、聞き返していた。
「恋とか愛ってどういうものなの?」
目のやり場に困って、は目を伏せる。
「私にはわからない…、それに、三郎のこと、まだあんまり知らないし」
わからない?
恋愛って言うのは、付き合って、町へ出かけて、口付けを交わして…。
最終的に閨を共にする関係のことだろう?

                          本当に?

俺がに求めていたのはそんなことか?
違う。
…どうやら、俺にも、恋愛なんてわからないようだ。
三郎は自嘲の笑みを浮かべた。
「ごめん、忘れてくれ」
自分でよくわかってないことを他人に要求したって、困らせるだけだ。
「じゃ、早く部屋に戻れよ」
いつものポーカーフェイスを振舞って、用具室から出ようとした。
今の俺の背中には、哀愁なんてものが漂っているんだろうか、とか場違いな事が浮んできた。
「けど、嫌われたくない。三郎に」
去りかけた三郎の背中に、の声がかかった。
もう二度と彼女と話すことはないだろうと踏んでいた三郎は驚いて振り向く。
すると、自分の目の奥に彼女が飛び込んできた。
目を奪われた。
彼女は、こんなに綺麗で、強い眼をしていたのか。
はゆっくりと口を開いた。
「レンアイってのは、わかんないけど、けど…、三郎は…私にとって特別で…」
それ以上言葉は続かず、は悩みきって髪を掻きあげた。
……俺もレンアイなんてわからないけど、これはきっと恋愛に限りなく近い感情なんだろう。
俺にとっては…。


は………………………………………………………………。


「…じゃあ、レンアイしてみるか?」
ゆっくりと、に手を差し伸べた。
それを見て、は、はにかむような笑みを浮かべる。
二、三歩、歩み寄る。
それから、遠慮がちに三郎の手に自分の手を重ねた。
「……してみようか」







茜色の夕陽が世界を染め上げた。











廊下← →抱擁





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