三郎は学園内を駆けずり回っていた。
美しい、馴染みであった女を捜してだ。




あの色街のねえさんなら、中庭で見かけたぜ?



級友の話から、竜胆がまだ校内にいることを知った。
どこに行ったか、誰に会う気だったか、大方想像がつく。
のところだ。





中庭に続く廊下を曲がった所だった。
ようやく、探していた後姿を見つけた。

「竜胆!」

竜胆は、ゆっくりと、静かに振り返った。

「三郎」

あの見慣れた美貌を目にして、三郎は急に腹が立ってきた。

「なんっで…なんでまだいるんだ!」

怒声だった。
とても酷い言葉だった。
しかし、竜胆は顔色一つ変えなかった。
褪めた目で、三郎の目をのぞいていた。

「あたしは、邪魔?」

突然の質問に、三郎は思わず言葉に詰まった。
先ほどとは打って変わって、甘さなど微塵も無い冷たい、落ち着いた声だった。
そして、言葉を濁す事さえ許さないというように、竜胆はまっすぐに三郎の目を見つめてきた。

「ごめん…」
「…」
「でも、お前が嫌いになったわけじゃない、今でもお前は好きだし、
お前といた時も後悔してるわけじゃない、ただ、俺はいま…」
「あたしに早く消えてもらいたいでしょ?」
「…そうじゃない」
「あたしとしたことも悔やんでるでしょ?」
「違うって」
「こんな女なんかに入れ込むんじゃ無かったって思ってるんでしょ?」
「竜胆!だから違うんだって!」
「わかってるわよ…」
「…え…」
「わかってるわよ、そんな事…ただ…ただ困らせてやりたかっただけよ…」

気が付くと、竜胆は肩を震わせていた。
三郎は胸が痛んで、思わずその肩に手を伸ばしたが、竜胆はその手を避けて後ろを向いた。

「同情はやめて」

三郎ははっとして、その手を引込めた。
竜胆は、はぁと嗚咽の間の息をついた。

「わかってたのよ…。あんたはもう、あたしなんか見ていないって…。
けどね、三郎…。あたしはね、本当に…、…あんたのことが、好きだったのよ…」
「…竜胆…」
「おかしいよね、一回りも年下のあんたを愛してたなんて…」
「………」

少し鼻をすすって、竜胆は手の甲でぐいと涙を振り払った。

「最後に言っておくわ」

肩を張って、下を向いて後ろの三郎に語りかけた。

「あんた達二人とも、どこを見てるのかわかりゃしない!
 もし半端な気持ちだって言うんなら、あたしはあの子からあんたを奪い取って見せるわ!
 嫌だって言うんなら。全身全霊であの子を愛してみなさいよ…」

それを最後の言葉に、竜胆は三郎に背を向けたまま校門のほうに歩きはじめた。
今まで見た事無いほど弱々しい女の背に、三郎は思わず叫んだ。

「竜胆…ッ!」

竜胆はぴたと、歩みを止めた。

「………すまん」

ぐ、とこみ上げてきた涙を堪えて、竜胆はそのまま背を向けて去っていった。

三郎は、ほんの少し、後悔した。


























じゃり、と下駄と砂利が擦れ合う音に耳を傾けながら校門を出る。
二度と来ないであろう、愛しい少年のいるところをもう一度振り返る。
それから、自嘲気味に少し笑って、ここまでに来た道に振り向き直った。
そのとき、

「竜胆さん」

校門から少し離れた塀の向こうから、凛とした、落ちついた声が響いた。
竜胆は、端正な笑顔を湛えて口を開く。

「なあに?ちゃん」

その唇からは思いのほか、落ち着いた声が出た。
それに内心ほっとしながらも、の次の言葉を待つ。
しかし、壁の向こうのはじっと黙ったまま。
重い沈黙を最初に破ったのは竜胆のほうだった。

「安心して頂戴。三郎にはもう会いに来ないわ」

嘘でない。

「そう、ですか…」

安堵に満ちた喜ばしい声か、当然だという罵声が返ってくると思ったが。
そのどちらにも反して、の声はどこか沈みがちであった。

「なあに?三郎が、あなた以外の女を見なくなって、嬉しいんじゃないの?」
「いえ、そういうのは…」
「へぇ、そうなの」
「…私たち、前にどこかでお会いしましたか」
「わけがわからないわね。そんなわけないじゃない」
「そう、ですよね」
「何でそんな事聞くわけ?」
「あなたを知ってる気がする、あたしは覚えてないけど、あなたか、
あなたに似てる人かと何かあったような気がするんです…、
あなたを見て、いやな気持ちがしてたまらないんです」
「…あたしがあなたの前に三郎と関係を持っていた事、三郎があたしに入れ込んでたこと、
あたしが三郎とよりを戻そうとここに来た事、あなたがあたしを見て不快に思う要素なんていくらでもあるわ。
別に変わったことは無いじゃない」
「違うんです。そういうわけじゃないんです。もっと、もっとドロドロしてて…
内臓が、全部掻きまわされるみたいに気持ち悪くなる…」
「へぇ」
「あなたが嫌いってわけじゃないんです!けど…ただ…」

すこし間があいて、頼りなげな声が聞こえた。

「どうしたらいいのか…わからない」

弱々しい。
さっきの明朗さはどこへ行ったのか。
そう思いながらも、竜胆は突き放すように言った。

「それこそ」


「三郎に頼るべきでしょう?」

好き合ってるんなら。

竜胆は、くるりと身を翻して、元来た道を辿っていった。






砂利音が遠ざかる音を聞きながら、は壁につたってへたり込んだ。

それこそ、三郎に頼るべきでしょう?

そうだけど、そうだけどさ…。

「三郎…」

あなたに言おうとすれば、きっと言葉はつかえてしまうだろう。

!」
「!三郎!」

廊下の突き当たりから三郎が走ってくるのを見つけて、は慌てて立ち上がった。
土を振り払って、三郎のほうに駆け寄る。

「どうしたの、そんなに慌てて」
「いや、お前、誰かにあったか?」
「………ううん、何で?」
「…いや、何でも…」

ウソをつく必要は無かった。
気付けば、言葉が勝手に口から出ていた。
言うべきだ。なんで正直に言わなかったの?
言わなければ。

「三郎」
「ん?」
「あのね…」

しかし、

「……何でもない」

言葉は喉に押し戻された。
そうか、と三郎は口を瞑る。
それから、少し戸惑いがちに私の手を取った。
私は、何もいわずに三郎の為すがままだった。
三郎も、口を聞かなかった。
すいと、手が離れたかと思うと、抱きすくめられる。
力を込めるわけでもなく、ひたすらにやさしいわけでもない。
ただただ抱き合ったまま。
いつまで続くのかもわからない。
三郎もきっとわかってないのだろうと思った。
ただ、お互いの温度の心地よさを感じながら、どこか、不安だった。












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