THE DAYS18-岐路


















深い森に、遠い所から、男の野獣のような叫びが木霊する。
曇り空のせいで、ただでさえ薄暗い森がいっそう暗い。
木の根や倒木を越えながら、引きずるように陸巳を連れて走った。
小枝を踏むたびにバチバチと音がし、地面を蹴るたびに落ち葉が舞い上がる。
高木のさらに上から、ギャアギャアと耳障りなカラスの声が響く。

どれほど走っただろうか。
あの男からは大分遠ざかった。
向こうもこちらを見失ってはいるが、鬼のように叫びまわりながら自分たちを探している。

三郎は、スピードを緩めると、太い幹の陰にを押し込んだ。

今まで無理をして走っていたのだろう、は木にもたれかかって、苦しそうに深く呼吸を繰り返した。
三郎も額に浮んだ汗を軽く拭いた。

、大丈夫か?」

ふっと顔を覗き込んで、改めて気付いた。
の目は明らかに何かに怯えて、何かを訴えている。

、大丈夫か、おい」

そっと手を伸ばして軽く肩を揺らすと、は突然三郎の胸に飛び込んできた。

っ!?」

そして先ほどのように、いや、さっきよりもさらに激しくガタガタと震えだし、
その爪の先が白くなるほど三郎の着物を握り締める。

…?」

最初は、投げ入れられた首と、あの男からの逃走劇の恐怖のせいだと思った。
しかし、それにしてもこのの状態は明らかにおかしい。
もっと別の所に理由がある、そこまではわかった。
しかし、その理由がわからない。
次の瞬間、必死に答えを模索する三郎とに、再び緊張が走った。

「小僧おおおおお、女ぁあああ!どこにいるんだあああ!」

はっとして顔を上げる。
の体も一瞬、びくりとすくんだ。
さっきより遥かに近付いている。

すぐに逃げようと、足を踏みかえた。
しかし、思いとどまった。
この状態のを連れて逃げれるのか?
いつものなら間違いなく、この俺に着いて来れる。
――――――だが、今は?

一瞬考え、俺は決意しての手を取った。

「三郎…?」

なるべく安心させるように目を覗き込む。

、先に逃げてくれ」

の瞳が大きく揺らいだ。

「どういうこと…」
「俺はあいつを何とかしてくる。時間はかからん。すぐに追いつく」
「待って…」
「少しでも遠くにいってくれ」
「待って…」
「いいか、先に逃げるんだ」
「…いや!」

は俺の言葉を拒絶したかと思うと、さらに強く俺にしがみついてきた。

!」
「行かないで…行っちゃいや、三郎、行かないで!」

は俺の服を掴んで離そうとしない。

、必ず後で行くから、離すんだ!」
「いや、いやぁ!お願い、お願いだから!!」
!」

いくら怒鳴っても、は泣いて首を振るばかりで埒があかない。
今まで見た事が無いほどに取り乱したに、俺はかなり戸惑った。
しかし、さっきからかなりの声で押し問答している。
向こうも気付いたのか、こちらに向かって気配が移動している。

これ以上、この場に居るわけには行かない。

俺はの手を引っつかむと、無理矢理に振り払った。
そして体を翻し、に背を向けて暗闇に向けて走り出した。

「嫌…さぶろう、行かないで、行かないでええええええええ!」

は、走り去る三郎の背中に向けてめいっぱいの声で叫んだが、
三郎が振り向く事は無く、悲痛なその声だけが深い森の闇に吸い込まれていった。
は嗚咽を漏らしながら、その姿が見えなくなっても、三郎が闇に溶けた方向を見続けていた。

「いや…いやだよぉ…独りはいや…」

三郎を掴んで離さなかった手の平からは、爪が食い込んだせいでわずかに血がにじんでいた。
一人取り残されたの上に、ぐるぐると暗雲が立ち込めだした。
真っ黒い闇が鬱蒼と辺りを包みだしていく。

首と、血と、斧が、頭にこびりついて離れない。
息が出来ない。
怖い。
気持ち悪い。
イタイ。
クルシイ。

何がこんなにも自分を苦しめるのか、答えようの無い闇に囚われ、は立ち尽くす。

「何で…こんなに怖いの…頭痛い…いや、もう嫌ぁ…」

空を覆い隠した分厚い雲が、の頭上に重く圧し掛かる。
冷たいような、温いような、無言の重圧に押しつぶされそうになりながら、
脳にかかるもやの中を、必死に、手探りで模索する。
何が自分を苦しめるのか、と。

「も…いや、つらいよぉ…助けて、助けて、あにう」

言葉を止めた。

ぽつりと、地面が音を鳴らした。













わたしは、いま、だれをよぼうとした?




















真赤に染まった首。
振り下ろされる斧。
まっくろい空。
対比される赤。
私に「逃げろ」といったあの人。
大好きな





















































「あにうえ」





































ふたつ、みっつと地面の染みがだんだんと増え、
ついには滝のような土砂降りへと姿を変えた。
雨はうずくまったの体を容赦なく打ちつける。

そうして、は意識を手放した。

























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